マテ茶にいろいろなハーブを調合し、冷たい水で飲むテレレ

11歳の時、日本からパラグアイへ移住 この船で約50日
開拓詩人 伊藤勇雄
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家族のような仲間ができたラテンアフリカのカーボベルデ

パラグアイへ移住した一族は人数も増え、そして大規模農業、畜産、エコツーリズムの山荘ビジネス等を展開


目に入れても痛くない3人の子供たち
パラグアイで生まれた、長女シルビア、長男ウイリー、次男サムエル等とは気さくな家族関係
自己紹介(略歴)
本名 : 伊藤玄一郎 Genichiro Ito
敬称: げんちゃん
生年月日: 1956年9月10日
出 身: 岩手県 盛岡市
現住所: パラグアイ国 アスンシオン
職業(主) : 開発コンサルタント
投資事業の調査、企画、計画作成、実施マネージメント
プロジェクト管理
副業 1: スペイン語翻訳、通訳、新聞・雑誌等の記事執筆、編集
Web制作、Webライター
副業 2: ラテンアメリカの便利屋
なんでも探します、つくります、やります、守ってあげます。
(調査、捜索、建設、造成、育成、警備、訓練、他)
職歴:
1962-68 実家飲食店手伝い(日本で小学校時代、約5年)
1968‐73 農業開拓(パラグアイで小学校時代と中学校時代、
ジャングルを切り開いて 家を建てたり畑を作ったり、学校は半日)
1975-2005 牧場農場経営(父親死後30年間、高校大学時代、
日本大使館勤務時代、日本出稼ぎ時代、2足ワラジ)、
1982-85 JICA事務所派遣通訳 登録
1985-89 パラグアイ日本大使館 現地職員
1989 日本に出稼ぎ渡航 東京でガードマン(1か月)
1990 ホンジュラス短期専門家としてJICAより派遣(6か月)
1990 7月~ 財団法人国際協力センターの研修管理員
1991-92 JICA ニカラグア水力発電所建設計画 事前調査 通訳
JICA ニカラグア医療設備計画 基本設計調査 通訳
JICA アルゼンチンボリビア医療事業評価調査 通訳
JICA コスタリカアグロフォレストリー第三国研修 調査員
JICA ボリビア ラパス汚水浄化計画 事前調査 通訳
MEFOS 南米人材リクルート計画 現地調査
1992-94 JICA パラグアイ シニア協力専門家派遣事業 業務調整員
1994-1997 JICA パナマ森林保全計画 業務調整員
1997-2000 JICA パナマ航海学校強化計画 業務調整員
2000-2002 JICA ブラジル都市交通人材育成計画 業務調整員
2003- 東京都新宿3丁目藤田ビル 自営コンサルタント事務所設立
2003-04 出向 マンション管理会社 美装堂宮川 マンション管理業務主任
2004 5月 美装堂宮川南米進出企画調査 パナマ、パラグアイ
2004
2005 1-12月 カーボベルデ地下水開発農村給水設備事業 施工監理
2006 1月 東京安全安全衛生教育養成講座 参加
2006 3-5月 桶川 トーハンブック流通センター拡張工事 安全衛生管理者
2006 6-9月 ロシア サハリン2 天然ガス液体化プラント建設工事 施工監理
2006 10月 足柄富士フィルム工場配管工事 施工監理
2006 11-12月 横浜地域解体工事 作業支援
2007 2月 掛川コーニングガラス工場拡張工事 施工監理
2007 5-7月 東芝高速道路ETC機材交換工事 現場代理
2007. 9-12月 大牟田市 三池火力発電所改修工事 安全衛生管理者
2008 12月- 名古屋市徳倉建設株式会社派遣契約 パラグアイ大学病院建設
建設工事、教師(パラグアイイグアス中学校)、調査団通訳、新聞編集、翻訳1989
大使館職員、国際協力専門家、工事作業員、工事現場監督、
安全衛生管理、施工監理、研修監理、空手護身術指導、
プロジェクト管理、マンション管理、共同組合管理、 観光レジャーペンション管理(2年)
開発コンサルタント、トータルマネージメントコンサルタント

生まれと育ち 日本生まれで南米育ち
岩手県の開拓地に生まれる。
父は、村議、県議、県教育委員などを勤めたインテリ百姓、詩人、
開拓者の伊藤勇雄。
小学5年の11歳の時に両親について南米パラグアイに移住。
イグアス移住地に入植。 牧場作りを手伝いながら育つ。
中学はアスンシオンの三育学院。 高校、大学はアルゼンチンへ留学。
高校の時に父親が亡くなってからは農場経営の責任者として2足わらじで学業を続ける(1年大学へ行き、翌年は休学し農場で働いたあとまた大学に戻ったり)。
第1の故郷 生まれ故郷の岩手県盛岡市玉山区薮川字外山
第2の故郷 原始林を切り開き牧場造りで鍛えられた少年期
パラグアイのイグアス移住地
第3の故郷 パラグアイの現実を学んだアスンシオンの中学校
第4の故郷 働きながら学んだアルゼンチンの全寮制度の高校
第5の故郷 夏休みに修行にいったブラジルの弓場農場
第6の故郷 大学時代のアルバイトで行ったアルゼンチンのパタゴニア
第7の故郷 初の海外赴任先:ホンジュラスのコマヤグア
第8の故郷 学校をつくり、家族ができたパナマのサンタクララ
第9の故郷 水力発電計画や医療整備計画などでゲリラに機関銃で
どつかれたり、地雷原を知らずに歩き回ったニカラグア
第10の故郷 アフリカのラテン世界を見せてくれたカーボベルデ
第11の故郷 間違いで派遣されたが、肌にあったロシアのサハリン
第12の故郷 ラテンアメリカの別世界を体験したボリビアのコチャバンバ
第13の故郷 英語圏アフリカのガーナで、毎日食べても飽きない主食
を発見
家 族
- 8人兄弟が日本とパラグアイに半分づつおり、それらの子供たちが30名ほどになる。 パラグアイに一族で伊藤財団というのを設立し、ファミリービジネスを展開している。<PROYECTO ECOTURISTICO PARQUE ITO>
· 別れたアルゼンチン人の妻との間にできたパラグアイ生まれの3人の子供がいる。親父には日本語で話し、母親にはスペイン語、兄弟の間では英語、カナダの職場ではフランス語で話す4か国人間。ブラジル赴任終了帰国後、日本で3年暮らした後、カナダへ留学、そしてそのまま永住。
-
長女シルビア 36歳、夫、子供2人、カナダの大学卒業後カナダ大手企業で6年ほど勤めた後日本の大手に移籍、現在日本企業の中堅管理職。
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長男ウイリー 35歳、カナダの保険会社の社員
-
次男サムエル 30歳 カナダのゲームソフト会社の社員
仲 間
· 同じ屋根の下で同じ釜の飯を一緒に何年か食べた仲間がいる(パラグアイ三育学院学生寮OB会)
· 兄弟分の盃を交したような仲間がいる(とうとう破門される)
· 「一緒に南米に学校を造ろう」とホンジュラスやパラグアイで声をかけた仲間がいる。(もう忘れられているかも知れない)
· パナマに学校を創るためのNGO仲間がいる。
· 日本に「南米に自立運営の学校を創る会」の仲間がいる。(サバ会)
・ パラグアイにプロジェクトを造るためのコンサルタント仲間がいる。(陸援隊)
・ パナマに声をかければ集まる頼もしい弟子たちがいる。 (海援隊)
・ 以前仕事をした国々に協力しあえる国際ネットワークがある。(国際ネット)
・日本を活性化させるためのラテン系人材信用組合共栄会の仲間を募集中。
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NHKのスペシャルドキュメンタリー
移住50年目の乗船名簿
より抜擢
体格と性格
身長:175cm、体重:95kg前後 (時々100kgを超える)、血液型:A型、プロレスラーのような体格で野蛮人的な顔をしているが、性格は意外とやさしい。 自然や生き物を観察することが好きで (実は動物学者になりたかった)、人に対する関心とあらゆる物に対する好奇心が旺盛。なんでも見てやろう、な んでも試してやろうという性格。 正義感が強く、人種差別や社会ステータスなどを嫌う。
できた娘を自慢し、勉強嫌いの息子どもになにか隠れた才能を期待する親バカ。逃げられた女房にも父親のような感情を持つおめでたい人間。 若いころの体格は、ブルースリー、 現在は引退した相撲部屋の相談役(体形の話)。

21歳の時、NHKのドキュメンタリー10年目の乗船名簿で撮影された開拓と空手で鍛え上げた実際の体型。
ちょっと自慢したかっただけ
好きな食べ物
ラーメン(新幹線で博多までラーメンを食べにいった)
プチェロ (牛肉シチューのようなアルゼンチンの庶民定番料理)
ボリボリ(上記のプチェロにトウモロコシとチーズの団子が入ったパラグアイの田舎料理)
ちゃんこ鍋 家では冷蔵庫にある材料を全部鍋にぶち込んでご飯か麺で食べるチャンコ式が多い。(クレームあり) これが時にはパエーリャになったりする。
アサード 肉の塊を単純に焼いて食べるパラグアイ式焼肉



高校時代に空手の一番弟子だったアルゼンチン人の友人と再会 2019年










